練習対局を見ながらしばしぼーっとしていると、
「小さい子の面倒見るのがお上手なんですね」とどこからともなくささやきが聞こえてくる。ふと我に返ると桂太君のお母さんだった。とっさの出来事で、なんと答えて良いのが分からず、
「ええ、まあ、うーんと…妹が二人いるもんで・・」と答えるのが精一杯だった。
「カズトは午後も試合が有るんだよ、いいなぁ」と桂太君がお母さんに向かって言う。
「そう、じゃあ、桂太も教わって、うまくなりなさい」と優しくお母さんが答えている。
そんな光景を見ながら、こっちも暖かい気持ちになりつつも、心の中では、例の明石家サンマ似の親爺にちょっとこれで、差を付けてやったなと勝ち誇ったのだった。
さて、準決勝がいよいよ始まる。また部屋を出て京成線と新京成線の分岐を見ている。そとは午後の灼熱の太陽がぎらぎらしている。冷房の効いた室内ではあるが、大会会場もいよいよ準決勝まで来て、熱い戦いが益々ヒートアップしている。こんな時に近くで見守ってやるのが親としての務めなのだろうか。それとも、気が散るから向こうに行っててくれと言われるがまま、会場外で待つのが良いのだろうか。本当は近くで見守っていてほしいのではないかとも思う。しかし、戦いはもう始まっている。
ここは腹を据えて、心を静め待つしかない。祈る思いで静かに目を瞑った。
桂太君のお母さんはお父さんがいないと言った。おじいちゃんおばあちゃんと暮らしていると言う。つまり、独り身なのだろうか。いやいやいかんいかん。邪念を振り払おうと瞑想しているのに、これではいけない。と、
「おとうさん」と早也香が近づいて来るではないか。やっと妻と妹たちがやってきた。
最近車酔いする早也香にしては、ここまでよく来れたと言うところだ。
「カズは?」と有沙が聞く。
「今、中で試合中だから、静かにここで待っていなさい」と忠告する
「今準決勝だから、これに勝てば次は決勝戦だ」
「えー、みたいみたいお兄ちゃんが戦っているところ見てみたい」と有沙が言う。
「じゃあ、向こうの扉からそーっと入って、静かにしてなさい」と俺
「じゃあ、そーっと見てきます」と妻と共に中に入っていく