今年入った新入社員は、10人だ。その子達の歓迎行事を、昨日行った。ソフトボールとバーベキュウ。新入社員の採用が復活してから、3年目。風薫るこの季節、天気にさえ恵まれれば、最高の一日だ。
今年は、事前の予報では、曇り一時雨だったから、心配だった。約100人の行事だから、食材の準備は、事前に隣にあるスーパーにお願いしておく。会社の信用もあるから、前日にお金は払い込み当日を迎える。故に雨が降っても食材に投資したお金は返ってこない。前日、若手の文体委員が、「中村さん、天気は大丈夫ですか?」とやや不安そうに聞いてくる。「予報は、曇りだから大丈夫」とは言いながらも、一時雨というのが気になる。
今年の4月から、気象庁には、世界に7台しかないスーパーコンピュータが、導入されたらしい。このすぐれもののおかげで、4月は、天気予報の当たる確率が、今までの平均よりも10ポイント上がったという記事を見た。それだけに、なおさら不安が募った、雨の場合、工場の建屋内で、バーベキューだけをやる事になる。
企業のコンプライアンスマニュアルというのがあり、総務課からは、飲酒運転禁止を、特に強く要請されている。事前準備で、通常車出勤してくる人達を、酒を飲まない人達に、お願いして、乗り合いで来て貰う路線を、いくつかのパタ-ン作り登録しておく作業というのが発生した。このロジスティックを構築するのが、結構大変だった。雨が降ると、参加意欲が減退するであろうから、このロジステックが乱れる恐れがある。故に、このバーベキューのみの選択肢は、出来れば、回避したい。
前日、他の職長3人と、残業からグランドの芝を刈った。サッカーと野球のダイヤモンドが、両方とれる会社グランドは、格好広い。そこにのび放題になっている雑草と芝を刈るのは、けっこうな作業だった。去年の夏祭りの時には、この作業を業者に委託し、50万円かかったと言う。それを、4人でやってしまおうと言うのだから、「うーむ」と唸ってしまう。芝刈り機3台と熊手が、我々に、与えられた。
その中で私が選んだのは、円盤式の器具だった。2サイクルエンジンから、2m程の細い棒が伸びていて、その先に円盤がついている。エンジンによりこの円盤を回転させて草を切っていくという仕組みになっている。肩からぶら下げて、腰をスイングさせながら、やや長めの草を刈るのが、私の使命だった。むかし、何かの映画で、囚人が、強制労働でこの器具を使い、路傍の草を刈っているというシーンを見たことがある。まさに、そのシチュエーションに近かった。
長い草が絡むと、円盤の回転力が弱くなりエンストを起こしそうになるそれを調整してうまい具合にしていくのに少々手こずった。しばらく試行錯誤を繰り返すと、それなりに形になってきた。私は、面白くて、これは、ロックンロールのリズムでやるのかな、スイングだけに、ジャズかな、等とその単純作業に没頭した。ある時いやこれはブルースだと、いうことに気がついた。クリエーションの「フィーリング・ブルー」を口ずさんでみる。「おう、おうこれはいいぞ」一人ハイになって、楽しんだ。
一方では、幅約750mmにきれいに刈っていくエンジン式芝刈り機を動かしている。この単純ではあるが、コンビネーションプレーに、はまってしまい、気がつくと、どっぷりと日も暮れていた。8割方刈り終えたところで、後は当日の朝早出してやろうと言うことで合意した。水銀灯の照明に灯をともしてみる。きれいに刈られた一面の芝が、緑輝き「フィールド・オブ・ドリームス」のようだ。手はしびれていたものの、我々は、しばしその光景に目を奪われ、うっとりした。一仕事終えた充実感がこみ上げてくる。「うん、明日は晴れる。新入社員の人達もこれならきっと喜ぶはずだ」と、我々は、口には出さなかったが、暗黙の了解をし、目を合わせ頷いた。
職場に戻り、残務を片づけると、いつもよりも遅い時間の帰宅となった。組合生活を長く経験していた私は、この裏方作業が多かった。でも、案外嫌いでもない。準備がうまくいくと、それなりの充実感がわいてくるし、共同作業による連帯感がそれに輪をかける。自分は、ワレサ委員長かなと錯覚してみる。あとは、始まってしまうとばたばたとしてしまうので、準備の段階で、もういいや成功ととりあえず一回納得する風になった。
翌日は、予報に反して晴れ空が広がった。「うん、よしよし」と、妙に嬉しくなった。一方で、相当な予算を投入したであろう気象庁のスパーコンピュータは、大丈夫なのかなと、一抹の不安も頭をよぎる。青空の先に季節遅れの鯉のぼりが見えた。「ぼろは着てても、心は錦鯉だな」と心の中でつぶやく。風薫るこの季節がすきだ。