そんで、その日の練習が終わると,確かに彼氏が来た。駐車場に入ってくるその車は,当時,一斉を風靡していたスーパーホワイトのマークⅡだった。そのぴかぴかの車は、そのままバックで我々の方に近づいてくると,ストップランプが点灯し止まった。
さあて、どんな2枚目が降りてくるかと思いきや、いきなり,おもむろに,リアのトランクが「ボーン」と音を立てて開いた。すると我らが姫(加代ちゃんのこと)も、そのまま楽器を載せて,助手席にすたすたと乗り込むではないか。
「じゃあねぇー」
「バタンッ」
「ブーン」。
その間わずかに3秒足らずだったかと思われる。
しばし,我々は、ブラックホールに陥り,異空間をさ迷い歩いた。ふと気がつくと,我々野郎3人は、呆然と立ち尽くし、全身排気ガス攻撃にさらされていた。
30秒くらい,いや実際には、10秒足らずだったかもしれないが、無言で立ち尽くしていた。最初に反応したのは,印南君だった。
「なんだよ、今のぉ…・」
「おっ、あれが初対面の挨拶かよ」
「大体、いつも送り迎えしてやったり,重い楽器を運んでやったりしているのに,あの態度はないよなぁ。いつもお世話になってますぐらい、言えないのかねぇ」
と、いつもあまりお世話していない印南君が言った。
「おお、俺もルームミラーに映った目だけしか見れなかったけどさー,ありゃー喧嘩腰の目だったよなぁ」
と僕も言った。
冷静だったのは圭三君だった。
「まあ,もう時間も遅いし、しょうがないんじゃないの。2人の時間を大切にしたいんだよ。」
という。しかし、かく言う圭三君も右手のこぶしを握り締め、わなわなと小刻みに震えているのを、僕は見逃さなかった。僕と印南君は、圭三君になだめられながらも,鼻息荒く
「それにしても,トランクで、ボーンは、ないだろうよ」
とぶつぶつ言いながら帰り支度をした。
その日は,鬱屈した気分でパンをかじりつつ帰った思いが,今や懐かしい出来事のようでもある。